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こんにちは。毎日ニュースを見ていると、「えっ、これってどういうこと?」と疑問に思うことってありませんか?
最近、沖縄県の辺野古(へのこ)で起きた、悲しい「抗議船の転覆事故」のニュースを目にした方も多いと思います。若い女子高生の命が失われてしまった、本当に胸の痛む出来事でしたよね。同じ親として、または同じ女性として、心を痛めた方も少なくないはずです。
でも、この事故の裏側には、テレビや新聞が大きく報じない「ある宗教団体の問題」が隠されているのをご存知でしょうか?
今回は、YouTubeチャンネル「中川TV」で配信された『日本基督教団の実態を教えます!辺野古抗議船転覆事故で見えた政治的左傾化・責任回避の構造・二重基準の正体』という動画の内容をもとに、少し踏み込んだお話をしていきたいと思います。
「宗教とか政治の話って難しそう…」と思うかもしれませんが、大丈夫です!私たちの生活や社会の「公平さ」に関わる大切なお話なので、できるだけ分かりやすく、一緒に考えていけるようにまとめました。
ぜひ、お茶でも飲みながら、最後までリラックスして読んでみてくださいね。

2024年3月、沖縄県の辺野古沖で、アメリカ軍基地の建設に反対する人々が乗った「抗議船」が転覆する事故が起きました。
この事故で、同乗していた同志社国際高校の女子生徒が亡くなるという、本当に痛ましい結果となってしまいました。未来ある若い命が失われたことに、日本中が悲しみに包まれましたよね。
ここで、一つ大きな問題が浮かび上がってきました。
それは、この事故を起こした抗議船の「船長」が誰だったのか、ということです。
実はこの船長、ただの一般の活動家ではなく、「日本基督教団(にほんきりすときょうだん)」という宗教団体の牧師(ぼくし)さんだったんです。さらに、亡くなった女子高生が通っていた高校も、キリスト教系の学校でした。
もちろん、どんな立場の人であれ、事故は事故として法的に裁かれるべきです。しかし、ここで世間から多くの疑問の声が上がり始めました。
皆さんも記憶に新しいと思いますが、少し前に「旧統一教会(家庭連合)」の問題が連日ニュースで大きく取り上げられましたよね。メディアもこぞって批判し、最終的には国が「解散命令」を請求する事態にまで発展しました。
実は、今回事故を起こした牧師さんが所属する「日本基督教団」は、過去にこの旧統一教会を厳しく批判し、「解散すべきだ!」と強く主張していた団体の一つだったのです。
しかし、いざ自分たちの教団の牧師が、未成年を巻き込む死亡事故(刑事事件に発展する可能性もある重大な出来事)を起こしたとなると、教団はどう責任を取るのでしょうか?
SNSなどインターネット上では、「旧統一教会にあれだけ厳しい基準を求めたのだから、未成年の死亡事故を起こした日本基督教団に対しても、同じように『解散』を求めるのが筋ではないか?」という声が急増しています。
「他人のミスには厳しいのに、身内の重大な過ちには甘いのでは?」……そんな不信感が、今、多くの人の中で膨らんでいるのです。

「今回の事故は、たまたまその牧師さん個人の不注意だったのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし、この日本基督教団の「政治的な活動」に関する問題は、今に始まったことではないようです。
動画の中では、過去に起きた「もう一つの事件」が紹介されていました。これを知ると、少し怖くなってしまうかもしれません。
時計の針を少し戻して、2016年の沖縄。高江(たかえ)という場所で、米軍のヘリパッド(ヘリコプターの着陸帯)建設に反対する激しい抗議運動が行われていました。
この抗議運動の最中、基地反対運動のリーダー的存在の男性と、なんと日本基督教団・関東教区の牧師の2人が逮捕されるという事件が起きました。逮捕の容疑は「傷害」と「公務執行妨害」です。
簡単に言うと、沖縄防衛局の職員の方に暴力を振るい、怪我をさせてしまった疑いで警察に捕まったのです。当時の映像(動画サイトのスクープ映像)を見ると、帽子をかぶった牧師が、相手のサングラスを奪い取ろうとしたり、腕や肩を強く掴んだりする、かなり暴力的な様子が記録されています。
「神の教えを説くはずの牧師さんが、暴力を振るうなんて…」とショックを受けますよね。でも、本当に驚くのはこの後の教団側の対応なんです。
普通、自分の組織の人間が暴力事件を起こして逮捕されたら、「ご迷惑をおかけしました」「厳正に対処します」と謝罪するのが社会の常識ですよね。
しかし、日本基督教団の関東教区は、逮捕と同じ日に、内閣総理大臣や防衛大臣宛てに『不当逮捕に抗議し、即時釈放を求めます』という声明文を出したのです。
その声明文には、こんなことが書かれていました。
つまり、「牧師は悪くない!捕まえた警察や国が悪いんだ!早く彼らを返せ!」と強く抗議したわけです。
実際に怪我をした人がいて、暴力の様子も映像に残っているのに、それを「不当な逮捕だ」と擁護してしまう。しかも、それが「宗教団体」の公式な声明として出されているのです。
皆さんはどう感じますか?「自分たちの政治的な主張のためなら、暴力も正当化されてしまうの?」と、なんだか背筋が寒くなりませんか。

なぜ、キリスト教という本来は愛や平和を説くはずの宗教団体が、激しい政治活動や、時には暴力事件にまで関わってしまうのでしょうか。
中川TVの動画では、実際に教団の内部にいる牧師さんたちから聞いたという、驚くべき実態が語られています。
日本基督教団は全国に組織がありますが、例えば北の「北海道教区」のある牧師さんは、こんな風に語ったそうです。
「うちの教団(北海道教区)は、反原発、反天皇、反自民が中心。その下に憲法九条を守れ、というのがあるんだよ」
それを聞いた中川氏が「今の若い世代は、そんな政治的な意識は薄れているんじゃないですか?」と尋ねると、その牧師さんはこう答えたと言います。
「いや、教団の中ではそれはもう『サクラメント』なんだよ。代々受け継がれていくものなんだ」
「サクラメント」というのは、キリスト教の言葉で「聖礼典」のこと。例えば、洗礼式(クリスチャンになるための儀式)や聖餐式(パンとぶどう酒をいただく儀式)のように、**「聖書で決められた、絶対に守るべき大切な儀式や教え」**を意味します。
つまり、神様の教えや聖書の言葉よりも、「原発に反対すること」「天皇制に反対すること」「自民党に反対すること」といった政治的な思想が、まるで宗教の絶対的なルールのように代々受け継がれているというのです。
これって、とても不思議なことですよね。教会は神様にお祈りをして、心を安らかにする場所のはずなのに、特定の偏った政治運動をする場所になってしまっているとしたら……。知らずに教会に通い始めた一般の人たちは、戸惑ってしまうのではないでしょうか。
教団の内部には、純粋に教会の運営や信仰を大切にしたい「教会派」の人たちと、外の世界に向かって社会運動や政治活動を積極的に行う「社会派」の人たちが混在しているそうです。
そして、この「社会派」と呼ばれるグループが、かなり左翼的(革新的・反体制的)な政治思想に傾いており、辺野古の抗議活動などに積極的に参加しているのが現状なのだとか。
本来、政治の考え方は人それぞれ自由なはずです。でも、宗教団体という隠れ蓑を使って、極端な政治活動を行っているとすれば、それは少し問題なのではないでしょうか。

さて、ここでまた最初の疑問に戻ります。辺野古で死亡事故を起こしたり、高江で暴力事件を起こしたりした牧師たちに対して、日本基督教団という大きな組織は、なぜちゃんと責任を取らないのでしょうか?
その答えは、彼らの「ズルい組織の仕組み」にありました。
実は、日本基督教団というのは、戦時中に国の方針で色々なキリスト教の教派が「ひとまとめ」にされたという歴史があります。そのため、今でも内部には様々な派閥(学閥や、考え方の違うグループ)が入り乱れていて、決して「一枚岩」ではないそうです。
だから、ある教区(例えば沖縄や関東)で何か問題が起きても、他の教区の牧師に聞くと「教区が違うから分からない」「うちの教団のことを知らないくせに口出しするな」と、開き直るような態度を取る人が多いのだとか。
「同じ教団の看板を掲げているのに、都合の悪い時だけ『他人のふり』をするの?」と、なんだか納得がいかないですよね。

さらにずるがしこいのが、対外的に出す「声明文」の出し方です。
第2章で紹介した「不当逮捕だ!」という声明文もそうですが、日本基督教団が出す声明文をよく見ると、差出人が「〇〇議長(個人の名前)」だったり、「〇〇委員会」だったりします。
なぜ教団のトップの名前で「日本基督教団として」出さないのでしょうか?
教団関係者によると、「議長の名前で出たものは議長個人の意見」「委員会名で出たものは、その委員会の人たちの意見」というルール(言い訳)があるのだそうです。
つまり、世間から見れば「日本基督教団が過激な声明を出した!」と思わせることができる一方で、いざ問題になって責任を追及されそうになると、「いやいや、あれは〇〇議長が個人的に言っただけですから。教団全体の総意じゃありませんよ」と逃げ道を作っているというわけです。
これには動画の中川氏も、「いざという時はどっちでも都合よく言い訳できる形。裏の意図を感じる。要は無責任なんだ」と厳しく指摘しています。
上の人は「下の牧師が勝手に私的に行動しただけ」と目をつぶり、下の人は「教区が違うから関係ない」と知らん顔をする。誰も責任を取ろうとしない無責任な体質が、未成年を巻き込むような悲惨な事故を生み出す土壌になってしまったのかもしれません。

ここまで、日本基督教団が抱える様々な問題を見てきました。ここで皆さんに、改めて考えてみていただきたいことがあります。
それは、日本の社会やメディアの「不公平さ」についてです。
少し前に、旧統一教会(家庭連合)の問題が毎日のようにテレビのワイドショーで取り上げられました。もちろん、過去に霊感商法などの問題があったのは事実ですし、被害に遭われた方を救済することは絶対に必要なことです。
しかし、冷静に振り返ってみてください。
メディアは朝から晩まで旧統一教会を「絶対悪」と決めつけ、過去の何十年も前の事例まで持ち出して連日バッシングを繰り返しました。政治家は「関係を断ち切る」と宣言させられ、最終的には国が「解散命令」を出すという、日本の歴史上でも異例の事態にまで進みました。改善の機会すら十分に与えられなかったという声もあります。
一方で、今回取り上げた日本基督教団はどうでしょうか。
これほどまでに多くの問題行動や、警察沙汰、さらには死亡事故まで起こしているのに、テレビのワイドショーが日本基督教団を連日バッシングしたり、「解散させろ!」と大合唱したりするのを見たことがありますか?
ほとんどニュースにすらなりませんよね。
同じように政治的な活動をし、同じように(あるいはそれ以上に)犯罪行為や事故を起こしている宗教団体がある。
それなのに、「片方の宗教(旧統一教会)は社会から抹殺する勢いで叩き潰し、もう片方の宗教(日本基督教団やその他)は問題を起こしてもスルーして優遇する」。
これって、明らかに二重基準(ダブルスタンダード)ですよね。「法の下の平等」という、民主主義の根本的なルールが壊れてしまっているのではないでしょうか。
動画の中川氏は、これを「放置国家ではなく、感情や『空気』で動く社会になってしまっている。完全に政治利用されている」と危機感をあらわにしています。さらに、国際人権委員会から何度も「旧統一教会への対応はおかしい」と勧告を受けているにもかかわらず、日本政府がそれを無視し続けているという、国際法違反の可能性も指摘されています。
「あっちの団体は気に入らないから徹底的に潰す」「こっちの団体は自分たちと同じ左翼的な政治思想を持っているから、事故を起こしても見逃す」……。もし、そんな基準で国や裁判所が動いているのだとしたら、本当に恐ろしいことです。
明日は、私たちが信じているものや、私たちが所属しているコミュニティが、理不尽な理由で「社会の敵」に仕立て上げられるかもしれないのですから。

いかがでしたでしょうか。
今回は、辺野古での痛ましい事故をきっかけに見えてきた、ある宗教団体の無責任な体質と、偏った報道しかしないメディアの不公平さについてお話ししました。
「なんだか、日本って嫌な社会になっちゃったな…」と落ち込んでしまうかもしれません。テレビや新聞が事実を公平に伝えてくれないとなると、何を信じればいいのか分からなくなりますよね。
でも、絶望する必要はありません。
動画の最後で中川氏が語っていたように、今は「SNSの時代」です。昔のように、テレビ局や新聞社が都合の悪い事実を隠蔽して「一方的に流す情報だけがすべて」という時代は終わりました。
こうしてYouTubeやブログなどを通じて、隠された真実を知ることができます。政治、経済、裁判所、そしてメディアという権力を監視し、おかしいことには「それはおかしい!」と声を上げる力が、今、私たち国民一人ひとりの手に握られているのです。
亡くなった女子高生のためにも、そしてこれ以上、偏った正義の名の下に傷つく人を出さないためにも。
私たちにできることは、まず「知ること」です。テレビのニュースを鵜呑みにせず、「本当はどうなんだろう?」「裏に何か別の意図はないかな?」と、少し立ち止まって考えてみること。
そして、この記事を読んだり動画を見たりして「なるほど」と思ったら、家族や友人、周りの人たちに「こんな話があるんだよ」とシェアしていくこと。
そうやって一人ひとりの「良心」が繋がり、真実が明るみに出ることで、社会は少しずつ、必ず健全な方向へと変わっていくはずです。
今回の記事が、皆さんが毎日のニュースを少し違う角度から見るための、小さなきっかけになれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
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