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スペイン風邪のあと日本の経済ってどうなったの?【1918年当時と2020年新型コロナと比較】

過去の歴史から比較して疑問を持つ人

2020年に新型コロナ流行して、色んな職種が自粛による感染対策で、倒産や不況に追い込まれているのが心配。。

よく比較される100年前のパンデミックである、1918年のスペイン風邪では日本の経済ってどうなったの?

今日は、こんな疑問に答えていきます。

本記事の内容
  • 1918年は第1次世界大戦の戦争特需で好景気
  • 1920年は戦後になり、輸出の不振から不景気
  • 産業構造が今と異なるため、農業と工業メインで流行期は乗り切った

日本では、1918年10月に大流行が始まり、世界各地で「スパニッシュ・インフルエンザ」が流行して、国内でも多くの患者が発生していることが報じられたのがスペイン風邪です。

  • ちなみに、第1回の流行が1918年10月から1919年3月、第2回が1919年12月から1920年3月、第3回が1920年12月から1921年3月にかけてです
  • 当時の人口5500万人に対して、約2380万人が感染したとされています
  • 感染者数2380万人、死亡者約39万人が内務省衛生局編『流行性感冒』による統計数値が出ています

この記事を書く現在(2020年9月21日)は、新型コロナウイルスの第2波(日本で言えば)で、世界的には第3波と。

WHOから、「パンデミック宣言」があり、経済や感染の状況など、100年前のスペイン風邪と比較されることが多いです。

この記事を読むことで、100年前のパンデミックと呼ばれるスペイン風邪当時の日本の経済状況がわかります。

歴史から学ぶ大切さの背後にある客観性と冷静さを伝えたいので、本記事が役立てば幸いです。

もくじ

1918年は第1次世界大戦の戦争特需で好景気

スペイン風邪

スペイン風邪が日本に流行した1918年の4年前から第1次世界大戦は始まりました。

下記の様なツイートがあります。

  1. 第1次世界大戦とは
  2. 戦争特需の恩恵
  3. 当時の庶民の様子

上記の3つの要点が、第1次世界大戦を背後に持つスペイン風邪流行当時の日本です。

詳しく解説します。

1の①:第1次世界大戦とは

上記が、当時の風刺画です。

第1次世界大戦は、ほとんどの人が戦争特需で儲かって、お札を燃やした成金のお大臣のイラストを思い浮かべがちじゃないでしょうか。

第1次世界大戦とは、1914年7月28日から1918年11月11日にかけて、連合国対中央同盟国の戦闘により繰り広げられた世界大戦。

スペイン風邪は、この第1次世界大戦の終盤で日本に流行しました。

しかし、スペイン風邪が流行しても、おそらく工場はフル稼働だったことと思います。

日本にスペイン風邪が流行したのは、1918〜1919年で、経済は伸びつづけています。

戦争とスペイン風邪で余計に疲弊したヨーロッパの代わりとして、日本やアメリカは世界に台頭していったというのが当時の時代背景です。

1の②:戦争特需の恩恵

日本から、兵器、軍需品、食料品などを戦争当事国であるヨーロッパ諸国に輸出し、潤いました。

戦地になったヨーロッパからの需要が高まり、輸出超過、景気は加熱を極めていました。

日本は参戦したものの、アメリカと同様、ヨーロッパを主戦場とする大戦から直接の被害を受けませんでした。

他にも、アメリカも影響を受けず、好景気でしたので、日本はそこに支えられて、生糸などアメリカ市場向けの輸出が著しく増加しました。

綿糸や綿布、綿織物、雑貨などは、戦争によりヨーロッパ列強がアジアなどから後退して、中国や、インド、東南アジアなどのアジア市場、アフリカ市場への輸出が増加。

つまり、スペイン風邪流行前の日本経済は今の新型コロナの経済状況と異なり、かなり良好でした。

1の③:当時の庶民の様子

上記のツイートを見ると、100年前も、今も、マスクやうがいを励行していますね。

ワクチンなんて作れるはずもなく、政府も学校休校やマスクなどの予防策の指示は出す程度に留まります。

これと言って、大きな対策はスペイン風邪が大流行した当時もありませんでした。

顕微鏡もなく調べられない時代だったので、結局はウイルスが人を殺して、過ぎ去っていっただけのような感じだったみたい。

1920年は戦後になり、輸出の不振から不景気

不景気

スペイン風邪の流行した1918年は戦争特需で、好景気でしたが、第1次世界大戦の戦後となる1920年3月に起こった戦後恐慌は、大戦の過剰生産が原因で不況をもたらしました。

つまりは、日本から、兵器、軍需品、食料品などを戦争当事国であるヨーロッパ諸国に輸出していたものが、売れなくなってしまったのです。

  1. 昭和恐慌と呼ばれる不況に

上記を深堀します。

2の①:昭和恐慌と呼ばれる不況に

昭和恐慌の発端は、第1次世界大戦による戦時バブル(=日本の大戦景気)の崩壊が原因です。

流れを整理すると下記の様な感じ。

第1次世界大戦後に、ヨーロッパの製品がアジア市場に戻ってくると1920年には戦後恐慌が発生します。

つまりは、必要なくなって、売れ残った状態。

それが終息に向かおうとしていた矢先、1922年の銀行恐慌が起きます。

1923年には関東大震災が次々と起こって、再び震災恐慌と呼ばれる状態に陥ってしまいます。

このとき、被災地の企業の振り出した手形を日本銀行が再割引して震災手形としたことが、かえって事態の悪化を招いたとも言われます。

産業構造が今と異なるため、農業と工業メインで流行期は乗り切った

乗り切る女子

1918年スペイン風邪が日本に流行した当時は、今の様な、飲食産業、観光業、レジャー産業などがありませんでした。

  1. 第3次産業が少なかった分、経済自体はストップさせることなくやっていた。

上記の内容を深堀します。

3の①:第3次産業が少なかった分、経済自体はストップさせることなくやっていた。

現在のような、多種多様なサービスや価値観、諸外国からの文化の受け入れ、人の往来も複雑ではなかったため、経済自体は止まらずに、シンプルに農業して、モノを作って売る時代でした。

それまでは、世界の中でも3流工業国だった日本が、第1次世界大戦の戦争特需である意味、経済成長できて、2流にはなれた時代でした。

おかげで、スペイン風邪が流行した当時でも、武器輸出などでの工場の増加、人員の拡大により、都市部への人口集中がありました。

人がたくさん働けば、その分たくさん食わせなければなりませんので、農業も盛り上がっていきました。

感染拡大に関しては、大掛かりな経済ストップはかけなかったので、多くの感染者や死者は出してしまいました。

当時の人口5500万人に対して、約2380万人が感染したとされています。

感染者数2380万人、死亡者約39万人でしたが、これはウイルスに対しての細かな知見もなかった為、為す術もなかったというのが本音だと思います。

まとめ|スペイン風邪のときは戦争がもたらす産業構造が影響してた

まとめます
今コロナで不景気だから迷う人
  • 新型コロナウイルスの今、3密対策や時短営業とかで観光業、飲食店、夜のお店が厳しくなってるから、比較される100年前のスペイン風邪のときも同様かと思ってた
  • 感染症流行したら、不景気になるって鉄板なのかな
  • 産業構造と時代背景ってめちゃ大事
  • 時代は変化してるけど、人々の思考は停止状態なのか
100年前のスペイン風邪も不景気だった?

ぼくもかつては、平面的にスペイン風邪との比較を見てました。

漠然とスペイン風邪の時も、感染症後は不景気って言うパターンだったんだろうなと思ってました。

しかし、スペイン風邪のときは戦争がもたらす産業構造が影響してるので、農業から工業へと需要が変化し、勤労も同様に変化していました。

  • この時の日本は、工業生産高が農業生産高を上回り、さらに、第1次世界大戦の戦勝国に
  • 身の回りに大きな変化があった時期だけに、スペイン風邪は軽視されていた

ここ最近は、非接触や非対面でも、価値やサービスを提供できる職種がオンラインで伸びていますよね。

遅かれ、早かれこの様なスタイルは求められていたのだと思うと、先を読んで職種を選んだり、スキルを身に付けることは大切なこと。

ピンチをチャンスと捉えて、自らの手で変化していきましょう。

それでは、今日はここまで読んで頂き、ありがとうございました!

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